葬式の始まり

葬式は命ある人が亡くなった時点で始まり、遺骨が自宅へ帰ってから終了になると思われます。もちろん、葬式をおこなわない方もおられますが、人生の最後の状態ですから、一連の流れを式と言っても良いと思います。

現在では、殆どの方が病院で亡くなります。臨終後ご遺体が病棟から霊安室に移動します。ご遺体を長時間、病院に置いておく事は出来ないので、遺族が最初に考えなければいけないのは安置先です。大きな病院だと提携の葬儀社がいるので、葬儀社が決まってない場合は提携葬儀社になる事が多い様です。葬儀社が決まっていても、目の前にいるからと病院の葬儀社に頼むと搬送料やシーツ料が別途発生するのであまりお勧めは出来ません。最近は自宅へ帰らず斎場の霊安室に直行する方が増えています。霊安室は、葬儀社や斎場の施設を利用します。殆どが冷暗保存なのでご遺体にとっては安心です。霊安室での面会時間は決まっているので、参列者が沢山来る可能性がある場合は、一度自宅へお連れするのが良いかも知れません。自宅へ弔問に来て頂いても、本人がいないからです。

また、火葬場の霊安室では、焼香設備等はなく、霊安室は2段重ねになっているので無機質な気がします。通常、供物や供花も個別にあげられません。
年末は、火葬場が休みの為葬儀日程が大幅に伸びます。遺族が故人と自宅で一週間以上暮らす状態は精神的に大変です。その場合は、途中でご遺体を預けるのも良いかも知れません。安置後、葬儀社と契約し葬儀の内容を決めますが、安置先をどうするかで家族の意見が合わずバタバタする場合もあるので、出来れば万が一の時に備え安置先を決めておく事をお勧めします。

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2012年3月30日 | コメント/トラックバック(0)|

カテゴリー:葬儀・葬式

供養の起源

供養の起源とは、すなわち葬儀の起源だと思われます。
現在世界で見付かっている、供養の跡は、イラクに在るシャニダール洞窟です。この洞窟には、6万年前のネアンデルタール人の骨が発見され、周辺には無い花粉が見付かった事から、ネアンデルタール人は死者を弔っていたのではないかと予想されています。
日本でお墓に埋葬し供養する起源は、縄文時代の甕棺墓だといわれています。縄文時代の甕棺墓は、小児用が多く、弥生時代からは、大人用のものが沢山発見され出しました。
日本古来の神道では、死者は、穢れと考えられ、もがりの中で松明を焚き死者を守ります。穢れは、汚いという意味では無く、あえて解釈すると非日常という事だと思われます。穢れの反対語は、清めですが、清めもきれいにする事ではなく、日常に戻すという意味です。古代の出産も穢れ(非日常)と考えられた為、もがりの中での出産になったようです。松明を焚き死者を守るのは、獣から守る為だと考えられています。もがりの中で清められた後土葬されます。葬儀で目にする樒の葉は土葬の名残で、樒には、毒素が有り獣は樒の匂いを嫌がるので埋葬場所に埋めたようです。葬儀のときに使用する清め塩は、古来、穢れを祓うのに海で清めていた事の名残で、塩を清めに用いたとする説も有ります。火葬場に向かうとき、行きと帰りの道を別にする事が有ります。この風習は、仏教とは、関係ありません。帰りの道を変える事により悪霊がついてこない様にする為です。同様の理由で、自宅から出棺するとき裏口から出棺する風習も一部では残っています。
現在の葬儀でも、大昔の供養の名残が沢山残っています。煩わしいようですが、供養という行為が、文化の伝承と考えてはいかがでしょうか。

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2012年3月26日 | コメント/トラックバック(0)|

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