法要とは

法要とは、現在では法事や仏事、法会などといったように仏教行事全般のことを指していますが、本来は仏教において、釈迦の教えを知るという意味を持っています。
日本では、それが次第に追善供養のことを指すようになっていき、死者を弔う儀式のことを一般的にあらわすようになりました。

法事、仏事ともいわれているものです。
現在では死者を弔う儀式のほかにお寺が創立された際、仏像が開眼された際などのときに行われる慶事も含まれています。

追善法要は、亡くなった人の冥福を祈って行われる法要や読経のことです。
特に、亡くなった人の命日に法事をして供養することをいいます。

そのほか、「追善」が年長者に対しての冥福を祈る法要であることに対し、生きているうちに死後の自分、あるいは自分より若くして亡くなった人の冥福を祈る法要は「逆修」といいます。
生きているうちからお墓を建てて、その墓石に自分の戒名を朱書きしている場合には、「逆修の朱」といわれます。

「逆修」という言葉には、迷いによって仏教における「真理」から離れるという意味もあります。

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2014年12月1日 | コメント/トラックバック(0)|

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法事とは

法事とは、仏式において身内など親しい人たちが集まって、故人の冥福を祈願し、その霊を慰める仏教的な行事や儀式を指します。
これとは別に法要と呼ばれる追善供養もありますが、現在はこの追善供養の後に行われる会食を含んで、法事と呼ばれるようになっているのが一般的です。

追善法要は故人となって7週間は、7日ごとに故人の成仏を願って供養する法要です。
おもな法事には故人となって7日目の初七日、その後7日ごとに二七日、三七日、四七日、五七日、六七日、四十九日と続きますが、最近では四十九日法要のタイミングで百か日の法要も一緒に済ませるという場合が多くなっています。

その後の100日目の百か日が終わると1年目の一周忌となり、一周忌からは年忌法要と呼ばれます。
三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌、五十回忌と続いていきます。

五十回忌が終わると、50年ごとに行われるという場合もありますが、一般的には三十三回忌で「弔い上げ」となり、法事に区切りをつけて終了することが通例となっています。

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2014年10月1日 | コメント/トラックバック(0)|

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四十九日

四十九日の事を中陰といい、亡くなってから浄土へ到着するまでの四十九日間の事だといわれています。浄土は、極楽浄土を一般的に想像しますが、如来の数だけ浄土があるといわれていて、極楽浄土、霊山浄土、弥勒浄土など沢山在るといわれています。
殆どの仏教は四十九日の旅を教義にもっているので、納棺の際旅支度をします。白装束を着せ、脚絆、手甲、を付け、柩にわらじ、編み笠、杖を入れます。浄土真宗は、亡くなったら直ぐに極楽浄土へ行かれるとの教義のため、納棺の際の旅支度や旅の途中で食べる枕団子のお供えをおこないません。
さて、四十九日の旅の始まりは死出の山です。暗く険しい山を越えると、七日目(初七日)に不動様に会います。不動様に現世の罪を暴かれ、その後、三途の川を渡ります。ここで、旅支度の時に家族が持たせてくれた六文銭を渡し賃として使います。良くいわれるのが、生前の罪の大きさで、舟に乗せてもらえなかったり、深い場所を渡らせられたりするという話です。川を渡った後、二七日、三七日、四七日と一週間毎に仏様と会い、怒られたり、反省したりしながら浄土を目指します。五七日の35日目にお会いするのが閻魔様です。ここでうそをつくと舌を抜かれるといわれています。四十九日目に薬師如来様にお会いし、無事に旅を終えます。
遺族は、四十九日の旅が無事に終るよう、特にこの期間は手厚く供養するようにといわれています。最初の七日目の初七日と最後の四十九日は特に大事なので、皆で集まり法要をおこないます。

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2012年10月30日 | コメント/トラックバック(0)|

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器物に対しての供養

日本人は、物に対しても弔い供養する習慣があります。有名な供養でも針供養、鋏供養、鏡供養、人形供養などが有ります。一生懸命働いてくれたものに対し感謝の気持ちと共に、神様、仏様に返す儀式です。全ての生きとし生けるもの、道具や人形には八百万(やおよろず)の神々が宿っているとの発想だからです。欧米には無い思想だと云われています。欧米は、厳しい自然と対決してきた歴史が有り、日本は、自然と共存してきた歴史が在るからだと云われています。アイヌの祭りイオマンテは、神様の使者である熊を生贄に、神様に返し、感謝して頂くお祭りです。この様な儀式は、欧米人には理解出来ないかもしれません。

針供養は、折れた縫い針を神社や寺院に納め、豆腐やこんにゃくなど柔らかいものに刺して供養します。働いてくれた縫い針に感謝し裁縫の上達を願う儀式です。関東地方では、2月8日に行われる事が多いようです。現在では、裁縫する事が少なくなった為、あまり行われませんが、和裁や洋裁の学校では行われているようです。
人形供養では、和歌山県に在る淡嶋神社が有名です。境内には、供養の為持ち込まれた様々な人形があるようです。雛人形、市松人形、ぬいぐるみ等などがところ狭しと並べられていて有名です。最近では、人形を不法投棄する人もいて、神社の頭を悩ませている様です。余談ですが、髪の毛が自然に伸びると云われている人形も在るそうです。
「もったいない」は、ものに対する感謝の概念で、物がなくなる、使えなくなることに対し悲しむ様子です。物に対して供養する気持ちと同じ事ではないでしょうか。ケニア出身の環境分野ではじめてノーベル平和賞を受賞した、ワンガリ・マータイ氏が、「もったいない」の概念に共感され世界中で「もったいない運動」をされています。「もったいない」は、今後、世界の共通語になるかも判りません。

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2012年9月26日 | コメント/トラックバック(0)|

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