動物に対する供養

動物に対しても弔い供養する習慣は昔から有ります。動物園では、園内のどこかに供養の碑が有るはずです。屠殺場でも食用の家畜の供養碑が有ります。大学病院では、マウスや犬の実験動物を供養する為、毎年慰霊祭を行っている様です。縄文時代の遺跡でも犬の埋葬跡が発見され、古代人もペットが亡くなった事に悲しみ、供養していたと確認されています。

余談ですが、大森貝塚を発見し、日本考古学の父と云われているモース博士は、犬の骨を発見し古代人は犬を常食していたと勘違いされたようです。

現在では、ペットの供養が盛んです。人間と同じように火葬し、ペット霊園に納骨しますが、近年では、家族と一緒に入れる霊園も有るようです。火葬は、寺院やペット霊園が経営する火葬場や移動火葬車両があります。寺院やペット霊園では、火葬後に供養していただく事も可能です。自治体によっては、ペット専用の火葬場を持っている所も在りますが、ほとんどが合同での火葬です。東京23区には、ペットの火葬場はありませんから、自治体にお願いすると生ごみ扱いになってしまいますのでとてもやりきれないでしょう。なかでも、横浜市の戸塚斎場はペットを個別で火葬してくれるのでとても親切ですが、横浜市民しか利用できません。自分達で供養したいとの気持ちから、公共の山に埋めたり、川や海に流したりする行為は、不法投棄となり罰せられます。どうしても自分達で供養したい場合は、不衛生にならない様配慮し、自分の庭等に埋めなければならないようです。現実問題として、自分の庭に埋めて供養出来る人は殆どいないでしょうから、ここ最近ペット供養をビジネスとする業者が増えてきたようです。ペットの位牌や仏壇を望む人も多く、仏壇屋さんへ行くとカラフルな位牌や遺骨が入るペンダントなどが陳列されています。
一度見に行ってみては如何でしょうか。 

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2012年10月23日 | コメント/トラックバック(0)|

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仏教葬儀の中での供養

仏式で葬儀を行う場合、どのようなものが供養になるのか考えてみたいと思います。葬儀は、故人を弔う為の儀式ですから葬儀そのものが供養となります。その中でもどういったものが供養になるのか細かく説明します。まずは、祭壇が供養になります。そして、祭壇に飾る水菓子(果物)、お菓子(落雁が多い)お花も供養になります。宗派によっては、一膳飯、枕団子、お水も備えます。一膳飯は、ご飯をてんこ盛りにし、使用していたお箸をご飯に刺します。枕団子は、上新粉を使用し、ピンポン球位の大きさのものを6個供えます。関東地方では、六地蔵に由来して6個になりますが、場所によっては、四十九日に由来した、49個になる場所もあります。
浄土真宗の教えでは、亡くなると直ぐに阿弥陀如来のところへ行かれるという教えなので、四十九日の旅が有りませんから、通常、一膳飯等は、お供えしません。仏教葬儀では、僧侶が経をあげにこられます。僧侶が読む経文こそが葬儀では最大の供養になるのです。宗派によっては、経文の中で引導を渡します。引導とは、故人を弔い戒名を与え仏弟子になるための儀式です。僧侶の前には、経机があり真ん中に香炉を置き、灯明一対、鈴を置きます。火をともすのも、線香をあげるのも供養です。俗説では、亡くなると飲食を取らなくてもよくなるのですが、香の煙は故人の栄養になるといわれています。僧侶の両脇に置く大鈴、木魚を叩くのも供養になります。僧侶には、お布施を渡しますが、これは供養ではありません。よくお布施の金額が判らなくて困るとの話を聞きますが、最近では、お願いすれば、金額を答えてくれることも多いようです。遺族、親族、会葬者が行う焼香も供養です。もちろん、香典や供花、弔電も供養の気持ちで差し上げるものです。このように、葬儀そのものが供養になるのですが、故人を忘れないことが一番の供養になるのではないでしょうか。

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2012年10月20日 | コメント/トラックバック(0)|

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キリスト教における供養

キリスト教に供養という考え方は、本来ありません。そもそも供養とは、故人を偲び、生前の故人に感謝する弔いの気持ちです。仏教では、成仏出来る様に供物を捧げ、経をあげます。もちろんキリスト教が故人を偲び感謝してはいけないという事ではありません。仏教では、名前を変え仏様になり、神道でも名前を貰い神様となります。しかし、キリスト教では、神様の元に返る(帰天、昇天)のであって、神にも仏にもならないので供養という概念が無いのです。

キリスト教の葬儀では、本来祭壇は必要ないとされますが、一般的には祭壇を作ります。しかしそれは、神様の為の装飾ですから供物も捧げません。供花も同じですから、名義札は花に直接刺さず、芳名板に付け教会の後方に置きます。灯明を捧げる事も有りますが、これも故人への供養ではなく、神への捧げものです。キリスト教には、大きく分けるとカトリックとプロテスタントが在ります。どちらも葬儀は、ミサの延長にあるとの考えです。特にプロテスタントは厳格で、故人に合掌したり頭を下げたりするのを嫌がる教会もあります。司祭の呼び名と立場も明確に違います。カトリックの司祭は神父様で神の代理人ですが、プロテスタントでは牧師様と呼びあくまでも信徒の代表です。カトリックの意味は、普遍性と訳され、プロテスタントは、抵抗者と訳されています。以外に思われるかも知れませんが、カトリックの葬儀でも香を焚きます。しかしそれは、供養の為に焚くのではなく魔を払うため柩の周りに焚くのです。仏教の葬儀では、焼香が終わるとご供養になるからとお清めの食事に案内されます。食事をしながら故人を偲ぶのも大事な供養とされているからです。キリスト教の葬儀では、お清めの食事が無いことも有り、有っても食事会の名称になります。このように、葬儀をみても仏教葬儀とキリスト葬では全く違うので、キリスト教には供養の概念が無い事が判りますが、故人を失い、故人に感謝する事は、どのような葬儀でも同じだと思います。

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2012年8月26日 | コメント/トラックバック(0)|

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先祖供養

ご先祖様を供養する時、必ず様を付けます。「先祖」と呼び捨てにする事はあまりありません。日本では、大昔から自分の起源を尊敬していた証拠だと思われます。葬儀のあと、四十九日、一周忌と回帰法要がありますが、三十三回忌若しくは、四十九回忌を迎えると、弔いあげになり、本位牌は、お寺に納め先祖代々の霊の位牌に移ります。弔いあげ後は、ご先祖様となる為、全てのご先祖様と一緒に供養します。夏になると、お盆の供養があります。仏教では、盂蘭盆会の略だと云われていますが、仏教にはない習慣もあるので、古来の風習と仏教が合体したのではないかと云われています。東京周辺では、7月15日、他の地方では、8月15日に行われる事が多いようです。お盆の前には、わらで迎え火を焚き後には送り火を焚きます。提灯を飾り、精霊棚を作り、お供物を捧げご先祖様を供養します。提灯では鮮やかな岐阜提灯が有名ですが、新盆を迎える家は、柄の無い白い提灯を飾ることも有ります。精霊棚には、きゅうりの馬と茄子の牛を飾ります。きゅうりの頭を自分の家の方へ向け、茄子の頭は外に向けます。ご先祖様が馬に乗り一刻も早く帰ってきて欲しいとの願いと、歩くのが遅い牛に乗り出来るだけゆっくり戻って欲しいとの気持ちの現れです。お盆の行事は、地方によって様々ですが、盆踊りは、殆どの場所に在ると思います。昔の盆踊りは、寺社の境内で踊り、ご先祖様や亡者の供養の為踊りましたが、最近では、商店街や学校で行われています。沖縄の有名な踊りエイサーも盆踊りのひとつと云われています。このように、お盆の行事の全てが供養なのです。お盆になると、家を離れた家族も帰省し、楽しみながらご先祖様を供養するのですから、なんて素敵な行事なのでしょう。 

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2012年6月26日 | コメント/トラックバック(0)|

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供養の起源

供養の起源とは、すなわち葬儀の起源だと思われます。
現在世界で見付かっている、供養の跡は、イラクに在るシャニダール洞窟です。この洞窟には、6万年前のネアンデルタール人の骨が発見され、周辺には無い花粉が見付かった事から、ネアンデルタール人は死者を弔っていたのではないかと予想されています。
日本でお墓に埋葬し供養する起源は、縄文時代の甕棺墓だといわれています。縄文時代の甕棺墓は、小児用が多く、弥生時代からは、大人用のものが沢山発見され出しました。
日本古来の神道では、死者は、穢れと考えられ、もがりの中で松明を焚き死者を守ります。穢れは、汚いという意味では無く、あえて解釈すると非日常という事だと思われます。穢れの反対語は、清めですが、清めもきれいにする事ではなく、日常に戻すという意味です。古代の出産も穢れ(非日常)と考えられた為、もがりの中での出産になったようです。松明を焚き死者を守るのは、獣から守る為だと考えられています。もがりの中で清められた後土葬されます。葬儀で目にする樒の葉は土葬の名残で、樒には、毒素が有り獣は樒の匂いを嫌がるので埋葬場所に埋めたようです。葬儀のときに使用する清め塩は、古来、穢れを祓うのに海で清めていた事の名残で、塩を清めに用いたとする説も有ります。火葬場に向かうとき、行きと帰りの道を別にする事が有ります。この風習は、仏教とは、関係ありません。帰りの道を変える事により悪霊がついてこない様にする為です。同様の理由で、自宅から出棺するとき裏口から出棺する風習も一部では残っています。
現在の葬儀でも、大昔の供養の名残が沢山残っています。煩わしいようですが、供養という行為が、文化の伝承と考えてはいかがでしょうか。

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2012年3月26日 | コメント/トラックバック(0)|

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